柚木麻子『BUTTER』(新潮社、2017年)に登場する女囚・梶井真奈子。
木嶋佳苗をモデルとする彼女が主人公に出題する、グルメな体験をまとめてみました。


エシレのバター醤油ご飯

「バター醤油ご飯を作りなさい」

 一瞬、なんのことかわからず、咄嗟に、は、と小さく声が出た。

「炊きたてのご飯をバターと醤油でいただくものです。料理をしないあなたにもそれくらいは作れるでしょう。バターの素晴らしさが一番よくわかる食べ方よ」
 茶化すことが不可能なほど、厳かに彼女はそう告げる。

「バターはエシレというブランドの有塩タイプを使いなさい。
……バターは冷蔵庫から出したて、冷たいままよ。本当に美味しいバターは、冷たいまま硬いまま、その歯ごたえや香りを味わうべきなの。ご飯の熱ですぐに溶けるから、絶対に溶ける前に口に運ぶのよ。冷たいバターと温かいご飯。まずはその違いを楽しむ。そして、あなたの口の中で、その二つが溶けて、混じり合い、それは黄金色の泉になるわ。ええ、見えなくても黄金だとわかる、そんな味なのよ。バターの絡まったお米の一粒一粒がはっきりとその存在を主張して、まるで炒めたような香ばしさがふっと喉から鼻に抜ける。濃いミルクの甘さが舌にからみついていく……」

……梶井は突然、姿勢を正し、胸の前でぷくぷくした指を組み合わせた。
「もし、私が次にあなたとしゃべる時があるとすれば、あなたがマーガリンを食べるのを金輪際やめると決めた時かもしれませんね……」 *1 28~29頁





刑務所で差し入れした桃の缶詰とクッキー

森永のクッキーの中で私はチョイスが一番好きです。一般的にはムーンライトが人気ですが、ムーンライトもマリーもマーガリンを使っていますからね。 *1 54頁




ウエストのクリスマスケーキ
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画像の出典:http://titiy.hatenadiary.com/entry/2016/12/24/195132

……四号のバタークリームケーキは、周囲の苺やひいらぎや砂糖菓子に彩られたにぎやかなケーキ類とは一線を画していた。真っ白な表面にリースとろうそくの形のクリームが絞ってある他は、炎に見立てた三枚のクッキーと、ピスタチオやくるみなどのナッツが数粒飾られているだけだ。

雪景色のようななめらかさだが、目には見えないものの、上質な動物性脂肪の粒子が内側からみっちりと深く輝いているのが分かる。本当はこうしている今も空にまたたいているはずの、真昼の星々のようだと思う。

「今時、苺もサンタもプレートもなし、バタークリームとスポンジだけで勝負なんて、かえって迫力があるよなあ。ウエストさんはいつも赤字覚悟で素材にはお金をかけているからなあ」 *1 58頁




ジョエル・ロブションのディナー
「……本物のフランス料理はちゃんとたっぷりバターを使うのよ。甘さ控えめ、カロリー控えめ、薄味、あっさり、なんてものが誉め言葉になる、この日本は本物を知らないの。……
あなたもクラシカルな王道のフレンチを是非、一度食べてみるべきよ。そうね、恵比寿のジョエル・ロブションがいいわ」 *1 83頁

「……シャンパンゴールドの内装を黒のテーブルクロスが引き締めているのよね。素敵だったでしょ。私はあの空間が大好きなの!」  *1 106頁




神楽坂の鉄板焼き屋のガーリックバターライス
「会社は神楽坂なんでしょ? ならとてもいいお店があるの。鉄板焼きはお好き? 熟成させた宮崎牛のサーロインステーキはもちろん素晴らしいんだけど、最後に出てくるガーリックバターライスがたまらないのよ。ぜひ試してみて……」 ……

「ここのガーリックバターライスは天下一品らしいんですよ。肉を焼いた後の肉汁だけではなく、バターもたっぷり入れるんですって」 *1 108~111頁




ベッドを抜け出して食べる真夜中の塩バターラーメン
 「今、一番食べたいものがあるの……
新宿の靖国通りにTっていうラーメン屋さんがあるんだけど。そこの塩バターラーメン……
はっきり言って、普通に食べたんじゃ、たいして美味しくもないのよ。ここのラーメンを飛躍的に美味しく食べるには、ある状況が必要なの」

 梶井は一度言葉を切り、巨峰の目でこちらを掬い上げ、ねぶるように時間を置いた。
「セックスした直後に食べること。夜明けの三時から四時の間。季節はそうね、できるだけ寒いといい。ちょうど今くらい」 *1 126~127頁




バレンタインには焼きたてのカトルカール
 「あなた、彼との仲も復活したようだし、バレンタインに何かお菓子を焼いてみてはいかがかしら」
「バレンタインに何かあげたことなんて一度もないです。ましてや手作りなんて。彼、そういうのは重いと敬遠するタイプですし」

「そうね、なら、甘ったるいチョコレートではなく、カトルカールにしなさい。初心者にぴったりのシンプルなレシピよ……

フランス語で……カトルカールは四分の四。卵、小麦粉、バター、グラニュー糖。すべて同じ分量だけ使うバターたっぷりのパウンド型ケーキ。全部百五十グラムね。ほら、覚えやすいでしょ。……あとはレモンを入れるといいわよ。国産の無農薬のものを使いなさい。おろし金で表面の皮だけさっと削るの。あればバニラエッセンスを入れたり、焼き上がりにラム酒をたっぷり塗ってもいいわね……

できたら彼には、焼きたてをサーブするといいわ。パウンドケーキは寝かせて翌日以降になった方がしっとりして美味しいというけれど、私は焼きたてあつあつをたっぷり頬張るのが好き……」 *1 150~153頁




乳とバターの流れる土地――梶井真奈子の故郷の味

新潟の名物ケーキ「プラリネ」


レーズンとバタークリームの渦巻きパン

ル・レクチェの羊羹

佐渡バター


「謙信」の純米吟醸酒


ヤスダヨーグルトのバターたっぷりのワッフル

とんかつ太郎のタレカツ丼

竈炊きのご飯専門店のお膳





ビーフシチューじゃなくて、ブフ・ブルギニョン
BOEUF BURGUIGNON
牛肉の赤ワイン煮、ブルゴーニュ風

付合せも褐色に仕上げたこくのある煮込み、ハート形のクルトンを添えるのがブルゴーニュ風。


les ingredients pour 4 personnes

牛肩肉 700g
赤ワイン 1本
玉ねぎ 1個
にんじん 1本
セロリ 1本
ポロねぎ(青い部分) 1本
トマト 2個
にんにく 2個
ブーケ・ガルニ 1個
粒白こしょう ひとつまみ
オリーブオイル 大さじ3
トマトペースト 大さじ2
小麦粉 大さじ2
子牛の褐色フォン 600㏄
塩、こしょう 各適量
油 適量

付合せ:
ベーコン 200g
小玉ねぎ 20個
マッシュルーム 250g
食パン 3枚
バター 100g
パセリ(みじん切り) 適量
油 適量
塩、砂糖 各適量


 牛肩肉をさいころ形に切って、1時間煮込み用の大きさのミルポワ(page98参照)に切った香味野菜と一緒に大きなボールに入れる。
 ブーケ・ガルニ、粒白こしょう、赤ワイン、オリーブオイルを加え、ラップフィルムをかけて24時間おく。
 をこして、肉、野菜、赤ワインに分け、肉と野菜の水気をきる。
 フライパンに少量の油を熱して肉をいため、油をきる。
 鍋に油を熱した中で、の野菜をいためる。
 肉とトマトペーストを加え、よく混ぜ合わせてから、小麦粉を加え、小麦粉くささをなくすため火を通す。
 の赤ワインを沸騰させてにこしながら注ぎ、よく混ぜる。子牛の褐色フォンとブーケ・ガルニを加え、塩、こしょうし、沸騰させてから、ふたをして、200℃のオーブンで約1時間半煮る。
 褐色のガルニチュールを作る。ベーコンは小さな長方形に切り、フライパンできれいな焦げ色がつくようにいためる。マッシュルームは縦に二つ割りに切り、小片のバターでいためる。
 小玉ねぎを褐色にグラッセする。鍋に小玉ねぎ、塩、砂糖、バターを入れ、水を小玉ねぎの高さまで注いで、強火で水が蒸発するまで煮る。
10 砂糖とバターが小玉ねぎにからまってキャラメル色になるまで、焦げつかないように鍋を回しながら火を通す。火の通りがあまいようであれば、いったん水でデグラッセし、煮つめる。
11 食パンをハート形に切り、たっぷりの油とバター(あれば澄ましバター)を熱したフライパンで、きれいな焦げ色をつけ、クルトンを作る。
12 肉に充分火が通ったら、バットにとり、ぬれぶきんをかけておく。煮汁をギュッギュッとこして、アクを取りながらとろみがつくまで煮つめ、肉を鍋に入れた中にこし入れて、20~30分弱火で煮る。


finition:
■肉を皿に盛り、上にソースをこしながら注ぎ、温め直したガルニチュールを盛りつける。パセリのみじん切りをふりかけ、最後にハート形のクルトンを飾る。

*2 69頁




本当は作りたかった七面鳥のロースト
マダムのノートによれば、約五キロの七面鳥は解凍だけで丸三日もかかるのだ。前日に下ごしらえして、当日は三時間かけて見守りながら焼き上げ、翌日は残った骨を煮出してスープをとり、残りの肉でサンドイッチやグラタンも作らねばならない。……

内臓、栗、松の実、もち米でつくる詰め物には思わず唾が湧いた。首部分を煮出してつくるグレイビーソースは、翻訳小説でよく目にする名前なだけに、胸がときめく。 *1 387頁

作中の描写から、このレシピは以下のようなものと思われます。

<材料>
マリネと味つけ済みの七面鳥(まるごと・冷凍):5キロ

レモン汁
ブーケガルニ
バター
小麦粉
牛ひき肉
玉ねぎ
もち米

松の実
(栗?)
ベイリーフ
ハーブ


<作り方>
1.七面鳥を冷蔵庫で三日間かけて解凍し、中に入っている首と内臓を取り出す。肉は水でよく洗い、ペーパータオルで水けをぬぐい、塩とレモン汁を擦り込む。
2.鍋に七面鳥の首とブーケガルニ、水を入れてスープを煮出し、バターで炒めた小麦粉を加えてとろみをつける。
3.スタッフィングを作る。取り出した心臓、砂肝、レバーは洗って細かく刻み、玉ねぎはみじん切りにする。刻んだ臓物、玉ねぎ、ひき肉、松の実、ベイリーフ、ハーブを鍋で炒め、水を加えて米を炊き上げ、よく冷ます。
4.バターは室温に戻し、オーブンを予熱する。3のスタッフィングを七面鳥の中に詰め、爪楊枝で開口部を閉める。脚はタコ糸で縛る。七面鳥の表面にバターを塗り、アルミケースに入れて天板の上に載せ、オーブンで三時間ほど焼く。加熱中に何度か七面鳥をオーブンから取り出し、溶かしバターをハケで全体に塗る。
5.焼き上がった七面鳥の肉汁を2に加え、グレイビーソースを作る。







<出典>

*1:柚木麻子『BUTTER』(新潮社、2017年)
*2:ダニエル・マルタン『ル・コルドン・ブルーのフランス料理基礎ノート』(文化出版局、1995年)