大変ためになる本でした。
ニート・引きこもりの渦中にいるご本人、ご家族(とくに親御さん)のどちらの立場で読んでも、気づきや発見が多く得られる良書だと思います。

管理人は「ご本人」寄りの読み方をしましたので、

 それまでは「勉強もスポーツも伸び伸びやればいい」と言われていた子どもが、小学校五年生になった途端に、いきなり学習塾へ行かされます。スポーツも遊びも制限されるわけですから、当然面白くない。
 しかも突然、一週間に三日、四日も塾に行かなければいけなくなり、その挙句は私立中学の受験だといって、猛烈にがんばらなくてはいけなくなる。……

 いい学校へ行ったほうが将来好きな仕事につけるとか、中学受験さえ終われば大学受験まで六年間は伸び伸び過ごせるから、と親は言うわけです。……

 しかも始末が悪いのは、親側はそれも子どもに将来伸び伸びと成長してもらうためだと、自分勝手な理屈で思い込み、子どもたちを誘導したことです。
 自分の子どもに対する言動がいかに支離滅裂かという意識は、まったくありません。これも子どものためだという真面目な愛情から発しているから、自分の言動を疑うことがない。……親自身の「糊しろのなき生真面目さ」ゆえです。……

 以降は、大学入試でも同じです。……もう就職するまで際限なく続きます。
 では、どこで子どもを伸び伸びと育てるのかというと、大学を卒業する直前になって、
「おまえの好きな道を歩きなさい」
 といきなり子どもに丸投げしたりするわけです。

 これでは、子どもは呆然とするしかない。それまで自分の好きなことや興味があることを我慢して、受験勉強を優先させられてきたのです。それが就職目前になって、急に自分の好きなことをやりなさいと言われても、子どもは困ります。

 だけど親には、自分が理不尽なことを言っているという自覚がありません。子どもの自主性を尊重した、模範的な親だと思い込んでいるのです。
 その場その場においては、子どものことを考えて自分では真面目で一生懸命なつもりです。だから、自分たちの滑稽さがわからないのです。 *1


という記述には噴きだしてしまいました。
まさにわが家のありのままというか、歩んできた歴史そのものだったからです。




ただ、管理人はこの本の内容に全面賛成するわけではありません。

出版年が2005年だからなのか、私が田舎住まいだからなのか、著者自身が優秀すぎるからなのか、ところどころにものすごい隔絶というか、断絶を感じます。


彼らなりに働きがいを感じられる仕事を派遣社員として始めても、
親は「そんな月20万円程度の収入では、家族も持てないから、もっと安定した正社員の仕事を探しなさい」と言うわけです。 *2


年収1000万円の人生だけが「勝ち組」として賞賛されて、年収500万円、300万円の人生が「負け組」として馬鹿にされる――そんな心貧しい社会に私はしたくありません。 *3


 この記述は全体として共感できるのですが、ただ一ヶ所だけ、とてつもなく違和感のある部分があります。
 それはここです。

月20万円程度の収入 *2

年収500万円、300万円の人生が「負け組」 *3



という部分です。
2015年の、管理人の住んでいる地方の、管理人と同じ階層の人間としては、月給20万、年収300~500万というのはものすごい高収入です。数字にリアリティが全く感じられません。



 また、著者が提案する「雑居福祉村」の構想*4一障害者として言わせてもらえば「気色悪い」の一言に尽きますし、機能不全家族で育った人間としては「新パラサイト主義」*5なんか死んでもごめんですし、著者が実践したという子育ての方法論*6は日本社会の現状を考えれば一理あるものの、実践するのはものすごくリスキーだと思います(並みの能力と覚悟ではこんな子育て成功しません。というか、まさにこれをやろうとして失敗した結果が「ニート」「フリーター」なのではないでしょうか)。



この本はニートや引きこもりを育てるような親も、ただやり方が分からないだけで、みな「本心では子どもの幸福を願っている」「親としての愛情を持っている」「子どもの自由と自立を望んでいる」という前提で書かれています。

が、管理人の実感としては、
ニートやフリーターを生み出す親にも、エリートでリア充な子どもを社会に送り出す親の中にも、
「無意識下で子どもの不幸を願う親」「まがいものの家族ごっこしかできない、親としての愛情を最初から持ち合わせていない親」「子どもを一生自分の管理下においておきたい、絶対に自立させたくない親」「人間というより、動物や生物といったほうが近い親」は一定の割合で存在する、というのが真実だと思います。

 何らかの不運によってニートやひきこもりが偶然生じてしまった家庭は修復可能ですが、ニートや引きこもりを必然として生み出すような親は100%回復不可能であり、未来永劫変わらないのです。

しかし、それでいてなお、むしろそうであるからこそ、ニートやひきこもりが生じた際に

あらゆる子育ての結果は偶然にすぎない *7

あらゆる家族は出来損ないで……機能不全 *8


ととらえることには価値があります。

親の育て方に問題があったかどうか、この家庭は回復可能か否か、といった問いの答えは永遠に立証できないものであり、原因がわかったところで対処法はまったく分からないという可能性が非常に高いからです。

そして、家族のシステムを改善するための努力そのものが最初から全部無意味であり、
自立するためのただ一つの正解は「いますぐ親を捨て、家を捨て、きょうだいを見殺しにし、自分一人が生き残ることだけを考える」だというケースも、現実には存在するからです。




<出典>
二神能基『希望のニート 現場からのメッセージ』(東洋経済新報社、2005年)

*1:82~84頁
*2:93頁
*3:150頁
*4:204頁以降
*5:200頁以降
*6:112頁以降
*7:97頁
*8:189頁